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ツイッターでまとまらないこと

うちに猫が来た頃の話

我が家には猫が1匹いる。自慢じゃないが、とてつもなくかわいい。今から3年と半年ぐらい前にうちに来た。

 

猫がうちに来る前の話である。わたしは高校生であった。通信制高校に通っていた。中学生の頃からの不安障害は一向に治らず、登校どころか明るい時間に外に出られなかった。

ついでに生まれつきのアトピーがさらに悪化しており、身体中いたるところから膿が出ていた。皮膚をこれ以上搔き壊さないようにと、四肢に包帯を巻き、手の指先全てに絆創膏を貼って眠りについていた。目覚めるたびにぼろぼろになった包帯と剥がれた絆創膏、膿で汚れた布団があまりにも悲しかった。臭いし、汚い。かつて処方されたステロイド軟膏を塗っても、一時的に治るだけで3日もすれば元通りであった。

学校もないので朝は惰眠を貪り、昼に起き、申し訳程度に宿題をこなし、ひたすらネットサーフィンをしていた。夜になる度にヒステリーを起こした。泣いて母に当たった。いかに自分が今苦しいか、そしてそれをすべて母のせいかのようにひたすら罵倒していた。母の飄々とした動じない性格に救われていたのは確かなのに、その同じ態度がその時は癪に触って仕方なかった。だいたい毎晩3時間ぐらい声を荒げて泣き喚いていた。近所迷惑もいいところである。

 

そんな日々の中、唐突に母が猫を飼おうと提案してきた。

わたしは猫が好きなので、少し惹かれる部分もあったものの、己の身体や精神の不安定さを嫌というほど自覚していたので、それなりに反対した。

「わたしはこの通りどう見てもアレルギー体質なんだけど」

「小児科の血液検査では猫のアレルギーはなかったわ」

「じいちゃんは猫が嫌いじゃなかったっけ」

「猫は猫のことが嫌いな人には寄り付かないものよ」 

「わたしが猫に当たったらどうするの」

「あなたより猫の方が俊敏だから大丈夫、多分」

「………」

半ばというか、かなり母は強引であった。今思えば、気丈に振る舞う母もそろそろ限界だったのかもしれない。無理もない。

 

言い出してからの母の行動は素早かった。祖父の機嫌のいい時を伺って猫を飼う許可を取り、近所のコミュニティセンターで催された譲渡会に同じく猫好きの祖母と参加し、譲ってもらう約束を取り付けてきた。そうして、猫がうちにやってきた。

猫は生後約5ヶ月で、子猫というにはガタイが良く、成猫というにはふにゃふにゃとしていた。最初から人懐っこい猫であった。うちに来た翌日にはわたしの膝に飛び乗って、そのまま寝た。

 

猫を迎えたからといってわたしの病が良くなるということはもちろんなかった。ただ、猫は天才的にかわいかった。泣き喚いている最中にも近づいてきて撫でることを要求してくる。あまりにかわいいので、泣きながらわしゃわしゃした。泣いていることすら馬鹿らしくなってきてしまう。あまり好きな言葉ではないが、「癒し」とはかくあるものか、と思った。

 

今も猫は我が家で元気に暮らしている。わたしが仕事から帰れば飯を寄越せとせがみ、ご飯を食べ終わったかと思えばブラッシングをしなさいと鳴いてくる。相変わらず甘えんぼで、本当に4歳の猫か?といった感じである。猫ってもっとツンデレ的な何かじゃなかったのか。

 

あの時の母の「猫を飼う」という決断が、どのように我が家に作用したのかは正直わからない。わたしは猫がいなくても外に出られるようになっていたかもしれないし、仕事をするようになっていたかもしれない。しかし、傍に猫がいたことで、わたしは猫がいないよりも幾分か幸せであった。それは確かである。

 

ふと猫はうちに来て幸せだっただろうかと考える。この性格ならどこに行っても可愛がられる運命であろう。もし繊細な猫だったら、わたしのヒステリーに耐えられなかったかもしれない。万全ではない状態で迎え入れて申し訳ない気持ちもあるが、猫は今日も喉を鳴らして近づいてくる。それはかつてのわたしへのささやかな肯定にも繋がるような気がした。

 

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長生きしてくれ。愛してるよ、猫