生まれつきは言いすぎたかもしれない。しかしほぼ生来の素質と言って差し支えないと思われる。
物心ついた頃には既に集団行動が苦手であった。同じ方向を見ている集団、というだけで訳もなく気味の悪さを感じていた。そこから逃れたいという強い衝動があった。
幼稚園の頃には部屋の片隅でひとり黙々と本を読み、昼寝の時間に同級生の寝顔を眺めていた。つまり寝ていなかった。
小学生になってもひとり黙々と本を読んでおり、お昼休みに担任に「お外で遊びなよ〜」と注意されたことに妙に腹を立て、その後ずっとその担任の目の前で本を読み続けるというささやかすぎるプロテストを行っていた。当時6歳にしてかなりの反骨精神を搭載していたことが窺える。
小学校高学年になると自己開示を極端に控えるようになった。とにかく自分について知られたくなかった。知っているものを知らないと答えていた。まじでなんだったんでしょうねあれ。ここについては過去記事でぺらぺらしてるのでご興味あればどうぞ。
そんな反骨精神満載な少女も分類上は一応大人になった。我ながら当時よりはだいぶマイルドになったと思う。さすがに。
しかし古来より三つ子の魂は百までと申します。全然まだまだあります、反骨精神・逆張りオタク・天邪鬼・厨二病その他諸々。感じます、彼らの存在を。
なんなんでしょうね。なんなんでしょうねこれは。もう性格としか言いようがないんですかね。自分でもわからんのですよ。物心ついた頃から共に生きてきて、手放せるものなのか一過性のものなのか若気の至りなのかはたまた死ぬまで一蓮托生🩷ズッ友🩷なのかも何もわからんのですよ。なんこれ。
誤解のないように添えておきますと、「周囲の共感を得られないものが好き」という点においては正直何の後ろめたさも感じてない。既に逆張ってるじゃんと言われたらそうかもしれない。
でも好きなものって多種多様であるべきだし、それこそが自然だとは心から思っている。社会ってそういうものだと思う。皆が皆オフィスビルの空調の効いた部屋でパソコンカタカタしてたら社会なんざ秒で滅びる。第一次産業・二次産業・三次産業全部まとめて多種多様な種類の人間が多種多様な役割を全うし、それぞれがそれぞれのカバーできないところを補い合うことで社会が成り立っている。
自らの興味関心の矛先を恥じる必要もないし、周りに迷惑をかけない限りは貶められる謂れもない。なぜならバラバラであること、それこそが社会なので。既に逆張ってると言われたらそうかもしれませんが!!!!!!!!
それは別に良い。ただそうでないものもある。
個人的に一番ガチでキモいと思うセルフガチキモ事例がありまして、それが「好きな作品がたくさんの人に絶賛されていると逆に冷める」というやつです。これは本当に自分でもめちゃくちゃキモいなと思う。これは本当に正真正銘ガチの「逆張り」じゃないですか。他人のふり見て我が身を真逆の方向に走らせてるわけじゃないですか。
「好きなものがたまたま不人気だった」これは別に良い。無問題。
「好きなものが人気だと冷める」キッッッッッッショい。これは本当に何。これだけは本当に治したい。治るもんですか?どこの病院にかかればいい?どうしたらいい???
大体がさ、好きでいたいわけですよ。一応は。森羅万象を。好きなものはあればあるだけいいし、好きなものは好きと言える気持ち抱きしめてたいわけですよ。だのに隙あらばひょっこり現れる逆張り癖。
これが本気で嫌すぎて、映画を観た後は他人の感想を見てしまう前になる早で一旦インスタあたりにビャーーーーッと出力するようにしてます。他人の影響を受ける前になるべく純度の高い感想を遺しておきたくて。一旦言葉にして固めておけば後から揺らぐこともないので。
でもこういう「周りの影響を受けたくない」の気持ち、無意味な潔癖さも多分逆張り癖なんでしょうね…とも思う。そもそも人は人の影響を受けるもんですし。社会的動物ですし。しかし前にいとこが「映画を観た後はすぐに他の人の考察ブログを読む」とか言ってた時は悲鳴あげた。違いすぎる。陽キャ怖い。
だからその、なんでしょうね…うまく付き合いたいんだ、私は………自分の逆張り癖と……………
生来の素質であることは否定できない、しかしそれで自ら抱いた感情まで失っていては元も子もない。好きなものは好きでいたいし楽しいものは楽しみたい、もちろん嫌いなものを好きになる必要もない。尚且つ変化を恐れる必要もない。
そこらへん良い感じに折り合いをつけたい。どうしたらいいんだろうな〜。今後に期待というか加齢に期待ですかね。いやわかんねーけど…このまんまつつがなく頑固ババアになる可能性の方が高い気がするけど…どうにか…どうにか柔軟になりたいので……それすらも建前かもしれないけどさ……頼む……………………
さて
とりまここ最近の懸案事項をバーーーーッと書けたのでスッキリしたね。このような脈絡もオチもない話を他人を拘束せずに好き勝手話せるのは本当にインターネットの良いところですね。ありがとうインターネット。これからもよろしくお願いします。